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第9話 -創造-



 科学・技術であれ、小説や音楽・絵画のような芸術の分野であれ、もっとも重要なのは創造であるといっていいでしょう。
 前回(-学ぶ-)の冒頭で紹介した、ノーベル賞物理学者の江崎玲於奈(れおな)さんも、創造性の重要さについて、「科学では、(将来は現在の延長線上にあるのではなく、とつぜん)ブレークスルーやイノベーションが起きる。だから、創造力が決定的に重要である」といっています。iPhoneの登場が全世界の交流を密にするにつき、大きな影響を与えた例を引きあいにだしながら。

 そういうわけで、今回(第9話)は“学ぶ”にひきつづき“創造”ということを未来との関係で考えてみたいと思います。

出席者は、
 北野三郎(34歳 弁護士)
 白井恵子(47歳 社長秘書)
 田中俊治(22歳 米国に留学中の学生)
 宮原リカ(32歳 小説家志望)
 小島道代(65歳 主婦で哲学塾の生徒)
 それに、MC(司会)  私・松山遼人
と、いった顔ぶれで話しを進めていくことにします。



司会(松山):
 “創造”といっても、創(つく)るというのは、たいへん広い概念ですね。すこししぼりをかけないといけないと思いますが。

白井:
 そうですね。 友達でも、家庭でも、子孫をつくることも、みんな創造ということになりますもの。

北野:
 戦争に勝った国が、戦利品として他国の領土を自国の領土とする。これだって、“領土の創造”ですよね。だから、ここでは、やはり“知的な創造”というものを中心に考えたらいいと思いますが。

司会(松山):
 北野さんのいまの話は、「創造された故郷」という作品に出てくる旧ソ連の話ですね。
 それはともかく、今回は“知的な創造”というものについて、意見をかわすことにしましょう。
 では、北野さん。口火を切ってくれませんか。

北野:
 わかりました。知的創造といえば、私達の生活を見まわしてみるとわかると思うんです。たとえば、“住まい”が昔と今ではまるでちがう。
 昔は、日本の家といえば、家屋は木造で、障子にふす・・、つまり、木と紙と布で出来ていた。しかも暖房も火鉢。だから、火事になりやすいし、いったん火事になったらおおごとでした。

司会(松山):
 振袖(ふりそで)が燃えて死者10万人以上をだしたといわれる明暦(めいれき)の大火(たいか)。あの火事では、江戸城の本丸をはじめ、江戸市中が灰になったといわれます。

白井:
 両国にある、回向院(えこういん)というお寺ね。あれはあの振袖火事で亡くなった死者の霊をなぐさめるために建てられた、といいます。

司会(松山):
 そうですね。
 私も行きましたが、あのお寺には、たしかネズミ小僧次郎吉の墓もあったと思いますよ。どうでもいいことですが(笑)。

北野:
 それが今では、鉄骨コンクリート造りの建物も多く、都市部では超高層ビルに住む人もすくなくない。それにエアコンはあたりまえになっています。こんなに住みやすくなったのも、まさに創造のたまものですね。

白井:
 それに、食べ物だって、世界の国々が創作した、フランス料理、中華料理からイタリヤ料理やインド料理といったさまざまなお料理がいただけますもの。
 大名(だいみょう)だって、これほど快適な暮しは味わえなかったですよね。いまの庶民(しょみん)のほうがずっといい暮らしを楽しんでいる・・・。

司会(松山):
 それに、コンビニエンス・ストア。文字どおり便利ですね。あれができたお陰で、食べ物をはじめ、ちょっとした生活必需品は四六時(しろくじ)中いつでも手に入る。

小島:
 それに自炊(じすい)だって昔じゃ考えられないくらい楽になっています。
わたしの生れ育ったいな・・では、ゴハンひとつ炊(た)くのもたいへんでした。井戸水をくんで、井戸端でお釜のお米をとぐ。薪(まき)を燃やして炊くんですが、その火加減もむずかしいんですよ。“最初ちょろちょろ、なかぽっぽ”、なんて。うまく炊けなくて、おしゅうとめさんによく叱られました。

司会(松山):
 すると小島さん、勉強など夜はホタルの光で?

小島:
 まさか(笑)。
  でも、停電などはしょっちゅうでしたね。そんな時はロウソクの明りで勉強しました。

白井:
 で、こんなに立派な哲人になられた(笑)。

司会(松山):
 “移動”の方法にしても、昔と今ではまるでちがいますね。
 今なら、東京から北海道や沖縄に行くにしても、ジェット旅客機でかんたんに行けてしまう。
 しかし昔は、そうはいかない。徒歩か、乗り物といってもせいぜいが馬かカゴですね。船にしても、長い時間がかかったし、安全に対するリスクもあった。
 で、人が旅立つときには、水盃(みずさかずき)を交したわけです。

北野:
 東京から京都や大阪に行くにしても、今なら新幹線でひと眠りしているあいだに着いてしまう。ヤジさん・キタさんのように、東海道五十三次(ごじゅさんつぎ)をてくてく歩かなくても。

白井:
 でも、昔のほうが情緒があったんではないかしら。

司会(松山):
 その点は、たしかにそうでしょうね。
 さて、話を進めますが、創造は、余暇のすごしかたにしても、いろいろと娯楽のありかたを広げてきていると思います。とくにゲームの人気が高いようですが・・・。
 では、ここで、新しい英知を生みだす“創造”はどのようにして生み出されるのか。そのことについて考えてみたいと思います。
 小説を書いておいでの宮原さん、短編を生みだすノウハウをご披露してくれませんか?

宮原:
 小説を書くというのは、ものがたりを創りあげること。で、かっこよくいえば、知的な創造そのものなんですね。
 でも、読み手が読んでくれるような、おもしろいものでないといけない。
 それには、まずは自分がおもしろいと思えるようなストーリーでなければダメなんですね。

司会(松山):
 小説を書く人は、みなさんそうおっしゃいますね。
 でも、自分にとってにせよ、おもしろい物語りを書く。それには良いアイデアが湧いてこないとダメですよね?
 それにはどうしたらいいんでしょうか。

宮原:
 それは、書き手によってもちがうと思うんです。
 わたしのばあいでいえば、やはり自分いまがいちばん書きたいと感じることが何なのか。それをしぼりこむ。そして、それに合わせて関係しそうな本だとか、テレビや新聞・雑誌に目をとおします。

北野:
 そういうとき、メモなんかはとるんですか?

宮原:
 ええ。
 メモはよくとりますね。

司会(松山):
 推理小説の大家・松本清張(敬称は略します。)は、『アイデア・ノート』でアイデア発見の第一歩はメモランダムだ。そういっていたと思います。そして、メモの大切さを強調している。

宮原:
 松本清張は、『黒い手帳』というのを書いています。そのなかに(実際の生活とはちがう)虚構の日記。しかも公表を予定して書いている日記。そういうのが登場するんですが、このアイデアはおもしろい。で、わたしはさっそくメモをとった記憶があります。もっとも、まだそのアイデアを用いた小説を書いてはおりませんけど(笑)。

司会(松山):
 清張も、まめにメモをとっていたようですね。

宮原:
 そのようです。
 簡潔なメモのようですが。
 わたしの場合は、机を離れてぼんやりしたときなどに、ふっとヒントが浮かんでくることがあるんですね。そうしたら、すかさずメモ帳にメモします。

北野:
 そのメモは、どのように使うんですか?

宮原:
 あとになって、メモをとりだしてみます。ほんとうにおもしろいヒントかどうか、をチェックするために。
 で、その書きたいと感じているものと仮に一致したとする。そうしたら、そのヒントをふくらませていったら一つの作品ができるかな、と頭のなかで考えてみます。

司会(松山):
 つまり、作品を書くときは、メモを眺めながらあれこれ想像をめぐらせ肉づけしていく。そういうことでしょうか。

宮原:
 そうですね。

白井:
 小説を書くことのできる人って、限られた人じゃないかと思うんですが、どうでしょうか?

宮原:
 わたしには、よくわかりません。ですが、ある短編の名手(といわれる人)はこういっています。
 『~8割は天賦のもの。後天的にどうにかできるのは、2割くらいではないだろうか』って。『小説家は、特殊な才能を必要とする仕事である』とも。

白井:
 天賦の特殊な才能をもつ人ならば、それだけで小説を書くことができるということに?

宮原:
 いえ、やはり知識・・も必要だと思います。それに書きたいというモチベーションをかきたてられるようなテー・・目的・・)ですね。それがないと、なかなか物語を創ることはむずかしいと思います。

北野:
 小説なりを創作するにしても、才能、知識それに目的というか書きたいものが揃わないと、作品はできない・・・。

宮原:
 さきほどの短編の名手も、著書の中でそんなようなことをいっています。

北野:
 ところで、物書きの人は、キャラ(キャラクター=登場人物)さえ定まれば、そのキャラが勝手に喋りだす、ということをいいますね。
 そんなことがほんとうにあるんだろうか。

宮原:
 それは、書くものによってちがうのではないでしょうか。
 たとえば、推理小説(とくに長編)の場合ですね。
 登場人物をして喋るがままに喋らせておいたら、ストーリーとして破綻してしまう…。

北野:
 ミステリー(ストーリー)として一貫性がなくなる。つまり、つじつまが合わなくなってしまう、ということだろうか。

宮原:
 それが大きいでしょうね。
 ですから、キャラに喋らせたとしても、さしさわりのない-限られた-範囲になると思います。
 わたしはミステリーをほとんど書きませんので、あまりわかったようなことはいえませんが。

北野:
 MCは、昨年の暮れに推理小説『天才のしくんだ恋』を書いていますね。
 ご意見はどうでしょうか?

司会(松山):
 私も宮原さんと同じ意見ですね。
 小説のなかでもミステリー(とくに長編)は、はじめから最後まで、キチッと一貫性というか整合性をもたせるのがとても難しい。
 ですから、キャラに勝手に喋らせてストーリーが少しでもちがう方向へいってしまったら即アウトです。

宮原:
 恋愛小説なんかですと、また違うと思いますが。

司会(松山):
 いや、そのジャンルは私の弱いところでしてね。
 だけども、ホーム・ドラマのようなものなら、まさにキャラに喋らせておいたらいいんですよ。
 どっちの方向にいこうが、あまり問題がないでしょうし、モチーフさえはずさずにおさえておけば。

宮原:
 物書きのかたがよくいうんですね。はじめから終りまですべて決めてしまっていたら、書くのがつまらないって。

司会(松山):
 それはほんとうですね。
 やはり、登場人物それぞれがそのユニークな個性を発揮して、思いもかけない発言をする。そしてキャラの代筆をしている(笑)書き手がほぉーっと、その意外性を楽しむ。それもあとから。そのおもしろさがないと、作品を創るのもたい・・くつ・・な作業になってしまう。

宮原:
 わたしも、そのタイプですね。
 ともあれ、書き・・あげ・・るこ・・とで・・創作・・は完・・結す・・わけです。 

司会(松山):
 それまでは、創造のプロセスにすぎないんですね。
 さて、ここまでは、ひとりの作家が作品を創作するノウハウのようなものを伺ってきました。
 では、集団でもの・・を創造する場合はどうでしょうか。
 田中さんは、いまアメリカの大学で経営学を学んでいるんでしたね。

田中:
 ええ。

司会(松山):
 アメリカの企業における意思決定のプロセスというのかな、そのあたりを紹介してくれませんか。

田中:
 わかりました。
 ちょうど今、ぼくは例のアップル社に興味をもって小論文を書いているところなんですよ。
 よければ、アップル社を例にとって話をしてもいいですか?

司会(松山):
 それはまた、タイミングがいいですね。
 とくにあのスティーブ・ジョブズが経営のトップ(CEO)をやっていた頃のApple(アップル)社。そのヒット製品開発の秘密を知りたいですね。

田中:
 やっぱり、そうですよね。ぼくも同じです。じゃぁ、ジョブズを中心に2009年夏の頃からの話をします。
 もうご承知かもしれませんが、アップル本社はカリフォルニア州のクパチーノという処にあります。
 その本社2階の会議室(「ディプロマシー」(外交室))。そこで、トップのスティーブ・ジョブズと担当者との極秘会議がひんぱんに行われていたんです。

北野:
 もともとアップルは、秘密主義をとっているんですね。
 たとえば、開発中のアイフォンを、『パープル』と呼んで必要最小限の人にしか知らせない。そういうルールをつくっている。

田中:
 そうですね。
 だから、外交室とよばれる特別の会議室には、とくに選ばれた5人ほどの人たちしか入室できない。製品開発のノウハウが知られることを防ぐために。

北野:
 それに人数を少なくすることには、効率をあげる意味もあるでしょうね。ともあれスティーブ・ジョブズはCEOなので、当然その場にいるでしょう。他のメンバーは、どういう人たちなのだろうか。

田中:
 ナンバー2(ツー)は、スコットという人で、シニア バイス プレジデント。
 この人は、iPhoneを使う人びとが、便利で手離せなくなるような機能をもった製品-ソフトウェア(中味)とハードウェア(容器)の両面において-を創る。そのための技術とそれを使う人とのつながりをうまくつくれる人で、ジョブズとの関係も盤石(ばんじゃく)だった。
 スコットのつぎは、ヘンリー。この人は、バイス プレジデントです。
 役割は、「ソフトウェア エンジニアチーム」のトップでした。
 そして、もう一人は、シニアマネージャーのグレッグ。
 この人は、「ヒューマン インターフェイス チーム」というグループの現場での最高責任者をしていました。

白井:
 そのヒューマンなんとかチームって、どんなことをするのかしら。

田中:
 このチームは、iOSとMac(マック)の見た・・であるとか、操作・・した・・とき・・の感・・ですね。それをどのように創るかを担当するデザイナーの集団です。

北野:
 グレッグは、現場でのトップということだけど、腕のほうはどうだろうか。

田中:
 職人級の腕前というか、知識をもつ人物だといいます。

司会(松山):
 そうすると、その会議室には、CEOのジョブズをはじめとして、ナンバー2のスコット、ヘンリー、そしてグレッグというメンバーがいた。
 で、そこに、なにかプレゼン(提案)をする人物が入っていくわけかな?

田中:
 そうなんですね。
 仮に、Aとしますが、iPhoneのソフトウェア担当のAが入室します。

北野:
 Aの肩書は?

田中:
 その部署の主席エンジニアです。
 このAに期待されていたのは、何か。それはアップルのソフトウェアをより良くするための企画・設計(プロジェクト)を創るということなんですね。
 で、Aは自分のアイデアをジョブズに向って提案する-これをアップルでは、“デモ”(紹介のための実演)といってる-わけです。

司会(松山):
 そのデモ・・というのが、アップル社の開発プロセスの中心にドーンと置かれている。そして、デモは簡潔でなければいけない。そうでしたね。

田中:
 (笑いながら)そのとおりです。ぼくよりよくご存知じゃないですか(笑)。
 ですが、その会議室(外交室)に入って、ジョブズにデモ(実演)をできるまでになるには、ハードな試練がまっているんです。

北野:
 たとえば?

田中:
 まず、製品を改良する能力があるのかないのか。それをふる・・にかけられる。つまり、その能力がないと、ジョブズどころか、上級幹部との打合せでさえチャンスがもらえないんです。肩書きがどんなに立派で偉(えら)くても。

北野:
 それじゃァ、主席エンジニアのAは、“製品を改良する能力がある”と認められた人というわけですね。
 で、ジョブズにデモを行なった・・・。

田中:
 ええ。

北野:
 ジョブズは、そのデモ・・にどんな反応を見せたのだろうか。

田中:
 ジョブズは、Aの差しだすiPad(アイパッド)の画面を、『8の字』に観察したようですね。つまり、まっすぐ見るだけでなく、横からも斜(なな)めからも眺める。首を小さく8の字に動かして。

司会(松山):
 ジョブズが最も重要な目標としたのは、とにかく素晴らしいソフトウェアをつくること。その一点だったようですね。それをアップル社の基幹業務に位置づけた。
 だから、Aが実演してみせるiPadを眺めるにしても、慎重にならざるをえなかった。
 おそらく、CEO-ハイテク企業のトップ-としての立場。それに(ハイテクに無知な)顧客の立場。その両方の立場から眺めて、あれこれ考えたことだろうと思いますね。

田中:
 そうだと思います。

北野:
 で、ジョブズは、あれこれとAに注文をつけたのだろうか。

田中:
 いえ。Aにとってみると、ジョブズの反応はわかりやすかったようですね。

北野:
 たとえば?

田中:
 つまり、その提案を“認める”か、さもなければ“次回はちがうものを見せてくれ”という具合に。

司会(松山):
 なるほど。シンプルに答えを出すという点では、溝口(健二)という映画監督のやりかたに似ていますね。

小島:
 溝口監督っていうと、名作といわれる『滝の白糸』などを製作した人ですよね。
 わたしは映画も好きで、以前はよくみたんですが、『羅生門』や『七人の侍』で有名なあの黒澤明も、尊敬していた人のようですね。

司会(松山):
 そのようですね。
 黒澤さんが自作をほめられても、「いや、溝口さんには及ばない」と、いつもいっていたといいます。
 その溝口さんも、俳優がつたない演技をみせると、短かく「ダメ、ダメ」といったようですね。長々とお説教をしたりしないで。

北野:
 おもしろいものですね。
 ハイテク界のジョブズと、映画という芸術の世界の溝口監督。この人たちは、国もちがえば活躍した舞台もまるでちがう。
 でも、集団に君臨する天才という点では共通しているし、反応も似ている。

司会(松山):
 かつて天才といわれた人は、アインシュタインにせよ、万有引力の原理で知られるニュートンー彼は微分積分法も発見している-にせよ、一人で偉業をなしとげてきました。
 しかし、インターネットやiPhoneといった、ハイテク時代のこのごろでは少しちがう。一人の天才のもとに、天才的なスタッフを含めて大勢が集まり、知恵を出しあう。そして、だれも想像できなかったような、巨大なシステムを創りあげています。もっとも、インターネット自体はアメリカ国防総省がつくった軍事用ネットワークから発展したものですが。いまは、天才の集団が世界をかえつつある時代を迎えている・・・。

田中:
 そのとおりだと思います。
 アップル社の場合でも、ジョブズ以外にも天才のような人物が複数います。
 たとえば、HI(ヒューマン インターフェイス)チームに所属していたデザイナーのバス・オーディング。彼はジョブズのお気に入りで、イラスト・アニメーション、デモ作成の天才といわれています。
 それに、リチャード。この人は、ベテランもとうてい及ばないスピードで(入社して数日のうちに)、ソフトウェアシステムをつくってしまう。それでいて、彼のデモは核心をついていたージョブズのおメガネにかなった-というのですから。

司会(松山):
 さて、創造のばあいですが、“場”というものが重要だと思うのですが、この点は宮原さん、いかがでしょうか。

宮原:
 そうですね。
 わたしの場合は、やはり自分の書斎ですね。よく音楽を流しながら勉強をする人もいる、と聞きますが、わたしはダメですね。静かでないと。

司会(松山):
 執筆のために、図書館などは利用しないんですか?

宮原:
 気分がのらないときなど、図書館で構想をねったり、書いたりしています。ああいう場所に身をおくと、ひとりでに-執筆-にのめり込んでいきますので。

司会(松山):
 自分なりに集中できる場所をもつ。それが創作には欠かせない、ということですね。

宮原:
 (うなずきながら)それと、人って弱いじゃないですか。
 だから、いいサポーターや仲間が大切だと思いますね。

司会(松山):
 仲間といえば、マンガ家の場合はトキワ荘が有名ですね。

宮原:
 そうですね。
 藤子不二雄Aさんの話のうけ・・うり・・ですが、そのお話をしてもいいでしょうか。

司会(松山):
 はい、どうぞ。

宮原:
 あのかた-名前が長いので、Aさんと呼ばせてもらいます-がトキワ荘に住んでいた頃、藤子・F・不二雄さんや石森章太郎、それに赤塚不二夫といった人たちが一緒に住んでいたというんですね。でも、マンガが売れなくて、満足に食事も食べられなかった。

白井:
 みなさん、そうそうたるマンガ家の人ばかりじゃないですか。
 でも、その頃はまだ貧しかったのね。

宮原:
 そうなんですね。
 で、あるとき、赤塚さんがAさんのところにやってきて、「オレはもう、マンガ家をやめるよ」といったそうなんです。
 で、Aさんがわけを尋ねると、「新宿に、キャバレーミラノっていうのがオープンして、住み・・込み・・のボ・・ーイ・・を募集している。そこへ行くんだ」、という。

白井:
 ほんとうですか。あの顔でキャバレーのボーイ(笑)。

宮原:
 いえ、Aさんの話では、赤塚不二夫さんってその頃はすごい美少年だったんですって。

白井:
 あの『天才バカボン』のお父さんが美少年って(笑)。
 で、その後どうなったんです?

宮原:
 その頃あのアパートには、“寺田バンク”といわれるほどお金に余裕のあるマンガ家‐寺田ヒロオ-がいた、といいます。で、Aさんに、「寺さ・・に相談してきなよ」といわれ赤塚さんが行ってみた。すると、寺さんが6万円を差しだして、「この金のあるあいだは、トキワ荘でマンガを描きつづけたまえ」と、いったとか。

司会(松山):
 いい話ですね。
 その頃の6万円といえば、とうぶん暮していけるようなかなりのお金ですよ。

宮原:
 そうですね。
 で、そのあと赤塚さんにはじめてギャグを描くチャンスが訪れた。そして、いちやく人気がでて連載ものを描くようになった…。

白井:
 めでたし、めでたしですね(笑)。

司会(松山):
 赤塚不二夫さんは、巨匠といわれるまでの超売れっ子になった。だけど、その陰には、トキワ荘という“仕事場”。それに彼をささえてくれる“仲間たち”がいた、というわけですよね。

宮原:
 はい。

田中:
 アメリカのスタンフォード大学では、創造性を最大化する“場”のつくりかたの研究が進んでいるといいます。

司会(松山):
 そのようですね。
 あの大学の通称dスクール-ハッソ・プラットナー・デザイン研究所-では、スペースや空間だけでなく、イス・テーブルから家具にいたるまでが研究の対象になっているといいますね。

北野:
 それに、創造性をやしなうには幼児からの教育が大事でしょうね。

田中:
 そうですね。
 すでにアメリカやイギリスでは、子供に向けて、“STEM教育”というものを推進しています。STEMというのは、科学・テクノロジー・エンジニアリング・数学の頭(かしら)文字をとったものですね。
 日本でも、AI時代の創造力を育てるために、『STEM』という子供向けの本が発売されています。


司会(松山):
 よいものを創るには、やはり環境・・づく・・教育・・が大切だということでしょうね。もっともこのことは、マンガ家だけでなく小説を書く人にも当てはまるな。いや、広くほかのジャンルの創造にも・・・。
 さて、話は尽(つ)きませんが時間がきてしまいました。残念ですが、今回(第9回)のセミナーはこれで終了といたします。
 ありがとうございました。







【まとめ】

 今回(第9話)は、“知的創造”ということを主題に取りあげてみました。
明治になって、知的な創造が花ひらいた。そのお陰で、かつての大名はおろか、徳川将軍家でも遠くおよばないような、快適な生活が現実のものになっています。このことは疑いようがありませんね。
 では、いったい創造というものは、どのようにしてなされるのでしょうか。その問いに答えるのは、それほどやさしいものではないようです。
 そこで、作家のように一人で創作を行なう場合と、企業におけるもの・・づく・・のように集団で行なう場合。その二つにわけて考えてみたわけです。
 司会者(MC)も昨年12月に、“天才のしくんだ恋-人類滅亡への道か-”という短編小説をこのホームページに載せました。それは、第6話がやや堅苦しい話だったので、読み手のみなさんに頭を休めてほしい、と思ったからでした。
 もっとも、それだけであの作品を書いたわけではないんですね。
 近ごろ、テレビや新聞などで、盛んにAI(人工知能)がとり・・ざた・・されているではありませんか。やれ、メガバンクが何万人という人員整理をおこない、その穴埋めをAIにやらせるとか、人の仕事がAIに奪われてしまうとか、枚挙にいとまのないほどですね。そこで、鎌倉という古都を舞台にして、はたして人間の若者が、ハイテクの最先端をいく美人のアンドロイドに恋をするだろうか。あるいは、恋もどきの感情をもつものだろうか。完璧な人工知能をもつアンドロイドができたとき、人類の未来はいったいどうなるのだろうか。そんな疑問から筆をとった短編小説でした。
 他方において、企業が製品の開発にのりだす場合、どのような製造のプロセス-創造のおこなわれかた-になるのだろうか。その謎を紐解(ひもと)く一つの方法として、スティーブ・ジョブズというひとりの天才の率いるアップル社(当時)をとりあげてみました。

 ところで、人はこの世に生まれてきたときは、頭の中が白紙のはずです。赤ちゃんは、“どのように生きていくか”といったデザインなんてもっていません。
 しかし、成長するにつけて、“自分の人生は自分で創っていくもの”だと覚悟をしないとならない。良くも悪くもすべて自分にふりかかってくるし、他の人は責任をとってくれないのですから。
 このことは、正常な大人(おとな)の場合でいえば例外はないでしょうね。

 では、人生ってどのように創っていくものでしょうか。
 あるデザイナーは、“人生のプロトタイピングが大切である”ということをいっています。
 その意味が、まずは自分のこうありたいという、いわば生き方のプロトタイプ=原型ないし基本型。それをしっかりとつかんで構想をねる。そういうことであれば、おおいに賛成ですね。
 たとえば、極論をいえば、から・・あた・・。そのどちらを使って人生を生きていくか。それを青春の一時期にゆっくりと考えてみるのもいいのではないか、と思うのです。
 というのは、オリンピックでは14.5歳にしてメダリストが誕生していますが、彼-彼女らは前者=からだで表現する人生をプロトタイピングしていると思うのです。もとより、親の影響が圧倒的に大きいでしょうけれども。
 ちなみに、司会者(MC)は21歳の頃でしたが、1年ほど考えて後者=すなわちあたまを使って生きる道を選びました。その理由は、からだのもつ力の限界というものを知ったことからでした。そして法律への道を進むため文学部から法学部へ転部した。
 その後は基本型(=法律家)をベースとしながらも、いろいろとアレンジして生きてきました。それに近ごろは、小説を書いたりもしています。
 ところで、さきほどのデザイナーもいっているのですが、「Aだけの研究、Zだけの研究だけでは行きづまってしまう。それを打破するには、AとZのあいだにある『Q』を探すこと。そこに可能性を感ずる」、と。
 司会者(MC)の場合でいうと、Aが法律でZが小説にあたることになるでしょうか。でも、別に法律で行きづまったりはしていませんが(笑)。
 では、法律と小説のあいだの『Q』とは何か。よくよく考えてみますと、いま執筆中のこの『生きかたのヒント』。これがまさに司会者(MC)にとっての『Q』であろうかと思うのです。もとより結果論ですが。

 さて、どうも話が少々てま・・えみ・・になってきたようです。それに時間もすこしオーバーしています。そんなわけで、今回はこれをもって終了といたしたく思います。

掲載日:平成31年4月3日




 次回(第10話)は、『遊び』をテーマにとりあげてみたいと思いますので、ご期待ください。




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