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第7話 -挑戦-



 日本は現在、国内・外交ともに混沌(こんとん)としていて、どうも明るい話題がすくないですね。そんな中、三浦雄一郎さん(86歳)が南米一高いアコンカグアへ挑戦するというニュースが正月のお茶の間をにぎわせました。ドクターストップになったのは残念でしたが。
 しかし、世の中はよくしたもの。こんどはテニスの大坂なおみ選手が、アジア初の世界ランキング1位に輝(かがや)いて、日本はおろか世界中の話題をさらっています。それに中邑菫(なかむらすみえ)ちゃんが、わずか10歳で囲碁のプロになるという、ビックリニュースも話題に。困難なことに挑戦するというのは、人の心をワクワクさせ元気づけてくれるものですね。





司会(松山):
 そこで、今回(第7話)は、“挑戦”というものをとり上げてみたいと思います。


出席者は、

 北野三郎(34歳 弁護士)
 白井恵子(47歳 社長秘書)
 今泉良雄(22歳 私大の学生 ミサコ・ロックスのファン)
 中山のぶ子(24歳 脳科学を勉強中の大学院生)
 小島道代(65歳 主婦で哲学塾の生徒)
 それに、MC(司会)私・松山遼人
と、いった顔ぶれで話し合いを進めていくことにします。


司会(松山):
 では、さっそく始めましょうか。
 北野さんは、弁護士として企業の顧問もされていますね。で、うかがうのですが、会社というのはどういった学生をほしがるものですか?

北野:
 人事部の担当にたずねますと、だいたいの人が「自分の頭で考え積極的に新しいことを提案できるような人」だといいますね。それに、ほしいのは「チャレンジ精神の旺盛(おうせい)な人」だとも。

司会(松山):
 なるほど。
 実情はどうでしょう? そういう学生がいるのでしょうか。

北野:
 いや、いてもごく僅(わず)かだと思います。ほとんどの学生は入社すると、社内で“おとなしい”“積極性に欠ける”“自分を主張しない”。したがって、チャレンジもしない、などといわれているように感じますね。

司会(松山):
 そういう社員が増(ふ)えているのは、何故でしょうかね?

北野:
 いまの若い人は、その多くが平成生れですね。ということは、彼らが物心(ものごころ)のついた頃の日本はすでにバブルが崩壊したあと。つまり、景気の低迷した世の中しか知らないわけです。元気がない理由のひとつは、そのあたりにも原因があるだろうと思いますね。
 もう一つは、20世紀の終わりころから21世紀にかけてのあいつぐ法の改正ですね。それによって企業のガバナンスやコンプライアンスといった一種のしば・・というかしめ・・つけ・・(よくいえばマネージメント)ですね。それがますます強化されてきている。それも無関係とはいえないでしょうね。

司会(松山):
 しば・・といえば、たしかに最近は、パワハラ、・セクハラといったハラスメントにも、いちだんと厳しい目が向けられるようになっています。
 それに、近ごろはとくに、社員の一人ひとりが成果・・を問われますでしょう? つまり効率的に働くことばかりが求められ、失敗は許されない。正規雇用の社員といえども、うかうかしていられない。これも社員が委縮(いしゅく)する一因になっているかもしれないですね。

北野:
 ええ、それに非正規の社員が増えていることも、無視できないでしょうね。

白井:
 だからでしょうか、近頃では結婚の必要をみとめない若者がたいへん増えているといわれますね。

北野:
 そういえば、NHKの国民の意識調査でしたか。30代では、8割をこえる人が結婚を必要としないと考えている、と先日のテレビでやっていましたね。

小島:
 それがほんとうなら、ゆゆしき問題ですね。それでなくともいま日本は、少子化で深刻に悩んでいますのに。

司会(松山):
 さて、本筋にもどり「子供がおとなしい、冒険をしたがらない」ということですが、教育の問題はどうでしょうか。家庭や学校における・・・。

中山:
 それもおおいに関係があるんじゃないでしょうか。
 親が子供に「あなたは頭がいいね。よくできるね」というほめ方をする。すると、子どもはつぎから困難なことに立ちむかうことをやめてしまう、といいます。失敗して、「あの子は(本当は)バカだ」と思われることを恐れて。

司会(松山):
 自分の評価がさがることを嫌うんでしょうかね。

中山:
 そうですね。
 だから、ほめ方もよく考えた方がいいと思います。子供のチャレンジ精神を失わせないように。

北野:
 たとえば、どんな風に?

中山:
 「よくがんばったわね。あなたは、やればできるのよ」というように。すると子供は、難しいことにも挑戦すると思いますね。がんばって成功してほめられたくて。

司会(松山):
 そうでしょうね。
 さて、白井さんにうかがいます。
 これまでの人生で、何かに挑戦したという経験はおありですか?

白井:
 わたしの挑戦なんて、三浦雄一郎さんや大坂なおみ選手のそれにくらべるべくもないんですけど。

司会(松山):
 三浦(雄一郎)さんの登頂しようとしたのは、アルゼンチンのアンデス山脈にあるアコンカグアという、およそ7000メートル級の山です。登頂に成功したら、山をおりるときは氷河をスキーで滑降する、ということでしたね。

白井:
 信じられないですね、86歳のかたが。わたしは、朝ワンちゃんの散歩をさせているんですが、山道はさけてます。平らな道のほうが楽なので(笑)。ですから挑戦といっても、ほんのささやかなものしか思い浮かばないですねぇ。

司会(松山):
 ささやかであってもいいですよ。白井さんにとって挑戦と思えるようなことであれば。

白井:
 なんだろう?
 そういえば、まだ子供が幼ない頃、一人でおつ・・かい・・をさせたことがありました。あれなんかは、子供にとっては冒険というか、たいへんな挑戦だったんではないかと思いますね。

司会(松山):
 たしかに、幼ない子にとってはそうでしょうね。
 で、ご自身の経験はどうでしょう?

白井:
 自分自身の挑戦といえば、頭にうかぶのはやはり転職でしょうかしら。わたしは、これまでに幾度か転職をしてきました。ですが、いつも知らない世界に挑(いど)むという感じでしたので。

司会(松山):
 なるほど、転職ですか。
 白井さんは家事をこなしながら、ずっと外でお仕事をしてきていましたからね。

北野:
 私は、これまで法律(実務)の仕事だけをしてきて、転職の経験がないんですね。で、転職が挑戦だというあたりのお話をぜひうかがいたいですね。

白井:
 わかりました。
 私は最初、M社というオフィス機器の会社に勤めたんですね。その会社では、コピー機やファックスの販売をしていたんです。まだファックスも普及していない頃のことなんですが。

北野:
 その会社で白井さんは、どういう部署を担当したんですか?

白井:
 営業です。ファックスというのはとても便利なものですよ、って売りこむお仕事でした。ですが、わたしはどうしてもその会社の体質に馴染(なじ)めなかったんですね。で、あるとき友人に誘われて、たまたまその女(ひと)の叔父さんの法律事務所に行ったんですが、とても雰囲気が良かったんです。

北野:
 そうですか。うちの事務所もそんな風に言われるように努力しなくては(笑)。で、白井さんは法律事務所に転職した?

白井:
 はい、(そこではなく)別の法律事務所でしたけど。それにそのあとも、なんどか転職を経験しています。

司会(松山):
 前の会社の体質に馴染(なじ)めなかったということですが、どんな感じだったんです?

白井:
 なにか、がん・・じが・・らめ・・にされていて息がつまるようでしたね。それに比べると、転職先の法律事務所はゆったりとしていて穏やかな感じでした。ですが・・・。

北野:
 ですが?

白井:
 入ってから、不安になりました。
 来客に対する口のききかた、お茶のだしかたひとつ知りませんでしたので。

北野:
 法律事務所の仕事がどんなものかは知っていました?

白井:
 いえいえ、まったく未知の世界でした(笑)。

小島:
 度胸がいいというか、“目くらへびにおじず”ですね(笑)。
 ふつうは、その仕事がいったいどんなもので、自分に合っているかなどを考えてから転職を決めると思うんですが。

白井:
 そうですよね。
 で、わたしのばあいは、その法律事務所に入ったあとで、「これは別世界への挑戦だな」と身のひきしまる思いがしたんです。それこそ新しいことへの挑戦で、毎日が勉強でしたから(笑)。

今泉:
 だけど、それもありじゃないですか?
 慎重なのもいいけれど、まずは思いきって行動を起こしてみるというのも。

司会(松山):
 今泉さんは、ニューヨークでマンガ家をしているミサコ・ロックスという女(ひと)のファンなんでしたね?

今泉:
 ええ、ぼくも彼女のようにアメリカに留学してみようと思っているんですよ。

白井:
 アメリカに留学して何をしたいんですの?

今泉:
 いや、ぼくはミサコ・ロックスさんの住んでいるニューヨークという街に憧(あこが)れているんです。
 で、なにをしたいというよりも、まず、そういう場所に自分の身をおいてみたいですね。

司会(松山):
 ミサコさんは「~チャレンジしなくちゃ~」という長いタイトルの本を書いていますね。私も読んだけどたしかにおもしろい女(ひと)だな。

北野:
 私も読みました。今泉さんが憧れるのもわかる気がしますね。

司会(松山):
 今泉さんはニューヨークという、世界中から人の集まってくる街に身をおいて、そのあふれんばかりのエネルギーに接してみたい。ミサコ・ロックスのように。それによって、まだ知らない自分に出会えるかもしれない。そう考えているんではないかな。

今泉:
 まあ、そうですね。
 今のぼくは、日本での大学生活もあんまりおもしろくない。好きなこと、やりたいこともわからない。サラリーマンにもなりたくない。ないないずくしで、なにかモヤモヤしているんですよ。

北野:
 やりたいことがなければ、「何となく興味のあることから決めてもいい」とミサコ・ロックスもいっていますしね。アメリカの学校に留学する。それもうす暗いトンネルを脱出する手段としていいんじゃないかな。

司会(松山):
 資金のメドはたっているんですか?

今泉:
 目下、英会話教室に通いながら、アルバイトをしてためています。

司会(松山):
 それと、向うで何を学ぶかですね。

今泉:
 いま文学部の東洋史科に籍(せき)をおいているんです。なので、向うでは西洋史でもやりながら、エンターテイメント系の仕事のこともいろいろ知りたいと思っています。だけど、まだよくわかりませんね。

司会(松山):
 ともかく、がんばってください。うまくいくように祈っていますから(笑)。
 さて、小島さんは、近ごろ哲学の勉強をはじめられたんでしたね。また、どうしていま哲学を?

小島:
 はい、すみません。こんな歳になってから哲学だなんて(笑)

司会(松山):
 いえ、あやまらなくてもいいですよ。むしろ、感心させられているんですから。

小島:
 子供たちもみんな世帯をもち、夫と二人だけの気楽な生活になりました。
 で、若い頃すこしかじった哲学というものに、もう一度チャレンジしてみようかなって思ったんですね。それで、はずかしながら去年から哲学塾にかよいはじめました。

司会(松山):
 すばらしいことですよね。
 で、小島さんがとくに関心をもっているのは、どういうことなんですか?

小島:
 ええ。せっかくこの世に生をうけたからには、ソクラテスじゃないですが、やはりものごとの真理とか本質を知りたい。たとえば、『時間』とは何か。『生きる意味』ってなんだろう、とかですね。

司会(松山):
 なるほど。
 小島さんは、今回のテーマの“挑戦”ですが、どう考えますか。

小島:
 とても大事なことだと思いますね、老いにとっても若きにとっても。
 何かに挑(いど)むとなると、ふつふつと力がわいてきますもの。

北野:
 たしかに。でも、挑戦するには、チャレンジしてみたいこと-つまり対象-がはっきりしないといけない。
 でも、なかなかそれが見つからない人もいるわけです。どうやったら、その対象が見つけられるでしょうか。

小島:
 塾の先生のうけ売りですが、「ふつうにしていたら、本当にやりたいことなんか見つかるわけがない」と思いますね。

北野:
 それはまたどうして?

小島:
 進路を前にすると、人はいろいろと思い悩みますでしょう? こんなことをしたら、こんな道を進んだら親が悲しむとか、世間体が良くないのではないか、とか。

北野:
 そうですね。
 それにチャレンジの対象が(今はよくても)いつまでそういえるのか。それだって不透明ですしね。

司会(松山):
 挑戦の対象がなかなかきめられないのは、あれこれと人の思惑(おもわく)を気にする。それに不確定要素も多い。そういうことになるのでしょうかね。
 小島さん、この問題を哲学したらどうなるのでしょうか(笑)。

小島:
 哲学かどうかわかりません(笑)が、ポイントは、やっぱり『自分がほんとうにやりたいのは何か。』 それに尽きると思いますね。そのことだけを考えればいいんじゃないですか。

北野:
 すると、今泉さんがアメリカに留学したい。で、渡米するというのもいい?

小島:
 よろしいと思いますよ。まして、まだ22歳の若い学生さんというんですから。

司会(松山):
 つまり、他人(ひと)の思惑(おもわく)だとか、将来の不安だとかいったもの(=条件)をまずはとっぱらう。そして、とにかく自分・・の好・・きな・・こと・・(≒やりたいこと)だけを優先して考えてみる。小島さんのいいたいのは、そういうことでしょうかね。

小島:
 そうですね。
 塾の先生がいいますには、「もっとも信じてはいけないのが、親と先生」だというんですよ(笑)。すごいことをいいますでしょ? それに先生は、「もし親のいうとおりにしていたら私はおそらく、やりたいことは何もできなかったでしょう」なんていっているんですよ。

北野:
 そういえば、まえに司会者(MC)からも似たようなことを聞いたことがありますよ。「もし母親のいうこと(=会社に勤めてほしい)をきていたら、今の私はなかっただろう」って。

司会(松山):
 (笑ってうなずく)
 しかし、小島さん。
 自分のやりたいことを考えるのが第一だとしても、まだすこし漠然(ばくぜん)としていると思うんですね。もうすこし具体的にいうと、どうなりますか。

小島:
 それは、こういうことでしょうね。
 つまり、「もし、それ・・がな・・けれ・・、他のすべてが手に入ったとしても生きていて面白・・くな・・」。そういいきれるかどうかでしょう。

司会(松山):
 おしゃれな家やクルマがある。お金やきれいな奥さんがいる。だけどそれだけはしてはいけない、といわれたとして、がま・・(≒納得・・)ができるのか。そういうことでしょうか。

小島:
 そうですね。わたしの哲学の先生は、いま司会者のいわれたようなすべてが与えられたとしても、「哲学だけはしてはいけない」といわれたら、やっぱり自分はダメなんだといっています。
 もっといえば、ホームレスになる。物乞(ものご)いになるかもしれない。それでもいい、と思えること。それがほんとうに自分のやりたいことを見つけ出す試金石(=判断の基準)だというんです。

司会(松山):
 いや、それでほんとうにホームレスになった女性がいるんですよね。

(そういって今泉のほうを向く)

今泉:
 ええ、そうなんです。
 その女(ひと)は、さきほどお話したミサコ・ロックスという人なんです。いまニューヨークで活動しているコミック・アーティストで、ぼくは彼女のファンなんですよ。それも熱烈な(笑)。

小島:
 ほんとうにそんな人がいるんですか?
 ぜひ、その女(ひと)のお話を聞かせてほしいですね。

今泉:
 彼女は、子供の頃にみた映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985年 アメリカ)のマイケル・J・フォックスが大好きなんですね。で、大人になり彼のいる国・アメリカへ留学。その後ニューヨークへ行った。好きなニューヨークで人形でもつくり、人形師でお金をかせいで暮らそうとしたんですって。

小島:
 だけど、それがお金にならなかった?

今泉:
 そのとおりなんですよ。
 それで、しかたなく、大道芸人のようなことをして小銭(こぜに)をかせいだ。でも、それでは暮らしていけない。ついに大家(おおや)さんに家を追いだされ、とうとうホームレスになってしまった・・・。

北野:
 ニューヨークに行くまえに、計画を立てなかったのだろうか?

今泉:
 彼女は自分でいってますが、もともと超ミーハーなんですって(笑)。なにごとも計画性はゼロで、行きあたりばったり。で、とうとうニューヨークでゴミを漁(あさ)って暮らすことになってしまった・・・。底辺まで落ちたそうです。

司会(松山):
 自分のやりたいことに挑戦することは大事である。だけど一歩まちがえると、ミサコさんでしたか、彼女のようになるリスクもあるということでしょうね。でも、ミサコさんはそのあと立ち直るんですね?

今泉:
 もちろんですよ。
 ぼくの憧れの女(ひと)が、ホームレスのまま終わるわけないじゃないですか(笑)。いまニューヨークで、生き生きと大活躍をしています。

司会(松山):
 失礼しました(笑)。
 で、そのあとミサコさんはどうやって成功したのかな?

今泉:
 ニューヨークには世界中の人びとが集ってくる。それだけ魅力のある街のようです。だけど、実力で成り立っている社会だから生存競争もはげしい。そんなニューヨークで生き残るには、じっとしていたらダメ。自分が最初に感じた“直感”や“ヒラメキ”を信じる。そして、自分のやりたいことにチャレンジする・・・。

北野:
 ミサコ・ロックスは、そうやって自分を輝(かがや)かせていったわけですか。

今泉:
 ええ、もちろん失敗や後悔、挫折(ざせつ)もたくさんあったようですね。
 だけど、それに負けないでぶつかっていった。小野道風(おののみちかぜ/とうふう とも)の柳にとびつくカエルのように。

司会(松山):
 今泉さんは若いのに、小野道風を知っているんですか(笑)。

白井:
 それにしても、そのミサコさんってほんとうにエライですね。
 何のつてもないニューヨークで、自分の人生をつくり上げ成功したんですもの。おそらく命がけでがんばったはずですよ。

北野:
 古(いにしえ)の哲学者たち。カントやガリレオにしても、火あぶりの刑になるのを覚悟で哲学に挑(いど)んだんですからね。

司会(松山):
 ソクラテスだって、青年たちを堕落させた罪に問われ死刑になっていますね。好きな道(哲学)を追い求めたために。

白井:
 そうなると、挑戦も命がけですね(笑)。

司会(松山):
 さて、小島さん。
 自分の挑戦したいこと(=対象)が見つかりました。そして、それが危険で無謀なことだったとします。そんなことにチャレンジするのはどうでしょうか。意味があることなのでしょうか?

小島:
 先生がいうんですが、「人間というのは、無謀なことをすると、それが一つ・・の財・・になる。そして、何がきても大丈夫になる」のだと。

司会(松山):
 なるほど。いわれてみると、たしかにそうですよ。
 私の双子の兄に弁護士をしているのがいるんです(笑)。彼は若いころ、ヒコーキ(固定翼)のライセンスをとった。無謀にもハワイ諸島をひとり(ソロフライト)で飛びまわって。
 そのお陰でしょうか、そのあとヒコーキ会社からこわれて顧問になった。それにヒコーキがらみの裁判も難(なん)なくこなせるようになった、といいます。

小島:
 そうですか、よかったわ。
 わたしの哲学の先生の理論がこれで証明された。
 先生になにかおごってもらわなくっちゃァ(笑)。

司会(松山):
 それに、挑戦というのは、いつやるか(時期)もとても重要ですね。
 さっき話した私の兄(笑)は、30代の後半にアメリカ連邦航空局から自家用操縦士のライセンスをもらっているんですね。だけど、「今じゃこわくてとても無理だ」なんて、情(なさ)けないことをいってます(笑)。

小島:
 わたしの先生も、「これだと思ったときに決めるしかない」って、司会者と同じ意味のことをいっています。
 それと、今回のテーマに関して若い人たちにいいたいことがあるんですが、よろしいでしょうか?

司会(松山):
 はい、どうぞ。

小島:
 今の若い人たちは、とても弱い。そう感じます。これはわたしだけでなしに、わたしの哲学の先生も同じ意見なんですね。わたしのまわりにも悩んでいる人が沢山いるし、自殺する人だっている。もっと強く生きてほしいんですよ。

北野:
 同感ですね。
 通勤電車の駅で、電光掲示板に「人身・・事故・・のため、この電車はただ今〇分遅れで運行しています」などといった表示を見かけます。それも毎日のように。そのつど胸が痛むんですね。もっと強いハートを持って生きてほしいなぁ。

司会(松山):
 たしかに、お二人のいわれるとおりですね。
 しかし、問題は、努力をすればつよいハートやチャレンジ精神を手に入れられるものなのか、ということですね。
 中山さん、脳科学のほうではこの問題をどうみるのでしょう?

中山:
 脳というものは、本来が学習するためにある。そういっていいと思うんですね。じゃぁ、学習の本体はなにかといえば、じつは『挑戦』にあるといわれているんです。

司会(松山):
 すると脳は、もともとが挑戦するようにできている?

中山:
 ええ、逆境にたちむかうことで“創造性”をひきだす。脳はそういうすごいはたらきをするわけです。

北野:
 すると、日本でマンガを描いたこともなかったミサコさん。そんな彼女が異国の地(アメリカ)で逆境にたち向い、マンガ家として成功した。それは、やはり“創造性”をひきだされたことによるんでしょうかね?

今泉:
 そう思いますね。ミサコ・ロックスさんは、アメリカで失敗ばかりしていた。窮地にたたされたのもしばしばだったといいます。

北野:
 ニューヨークの学校でアートの講演中、5分とたたないうちに生徒から質問攻(ぜ)めにあった。なれない経験で、頭の中はぐちゃぐちゃになり立ち往生(おうじょう)した。
 だけど、やがて臨機応変(りんきおうへん)に対処するスキルがアップした、といっていますね。

中山:
 ミサコさんがマンガ家として成功したのも、もちろん苦境によって創造性がひきだされたことによりますね。それにスキルのアップも、逆境によりスキルが磨(みがか)れた-創造性がひきだされた-ひとつの例といっていいでしょうね。

司会(松山):
 まだ誰も考えつかなかったことについて、-はたして成功するかもわからないのに-ねばり強く考えつづける。それは、『暗闇(くらやみ)の中を手探りで歩く』ようなものだ。そういったのは、たしかあの物理学者のアルベルト・アインシュタインでした。

中山:
 ええ、そうですね。
 アインシュタインは、子供のころに買ってもらった方位を示す磁石。それがきっかけで、宇宙の神秘にめざめた。成長すると、光を光のスピードで追いかけたらどうなるか。その問いの答を求めて10年間も追いかけつづけた、といいます。

北野:
 それがやがて、「相対性理論」という画期的な大発見につながったわけですね。

中山:
 それほどの大挑戦でない、ささやかな挑戦ですね。それでも、うまくいくと、その人にとっては、“有頂天(うちょうてん)になるほどの嬉しさ”なんですね。さきほどの幼い子供のはじめてのおつかいのように。

司会(松山):
 もともと人間には、自分のできないことに挑戦してみたいという本能があるように思うんですね。それで、ものごとに挑(いど)んで達成したときの喜びがひとしおなんじゃないでしょうか。

北野:
 人類は、これまで営々として文明を築きあげてきた。でも、それは自分たちの知らない領域にチャレンジしつづけた成果であって、脳(本能)のなせるわざなんでしょうね。

中山:
 そうですね。そう考えると、人の脳ってやはりすごいものですね。
これからも人は、前人未踏の領域にどんどん挑(いど)んでいくと思います。







【まとめ】

 日本は、明治になって以来アメリカやヨーロッパの国々に追いつけとばかり、文化・文明の発展に努力を重ね、チャレンジをつづけてきました。
 その成果として、中国に抜かれはしたものの今日(こんにち)、国内総生産(GDP)で世界第3位につけています。
 そして現在、文化やスポーツ、経済あるいは学術といったいろいろな分野にわたって、すぐれた人材をぞくぞくと輩出しています。
 スポーツでは、オリンピック金メダリストの羽生結弦(はにゅうゆづる 敬称を略す(以下同じ))やメジャーで活躍している野球のイチロー。それに投げてよし、打ってよしの大谷翔平が同じくメジャーで大活躍しています。経済のほうでは、米国でもっとも名を知られているといわれるソフトバンクの孫正義(そんまさよし)、学術では、IPS細胞の山中教授や昨年ノーベル賞をとった本庶佑(ほんじょたすく)といった学者など、枚挙にいとまがないほどですね。
 このように、マスコミで騒(さわ)がれているようなとび・・抜け・・た人・・たち・・。この人たちが昼夜をわかたず、血のにじむような挑戦をつづけて栄誉に輝(かがや)いたことはいうまでもないでしょう。
 しかし、若い人たち全般を見た場合はどうでしょうか。国内だけではなく、国際的な調査によっても、いまの日本の若者は、“おとなしい”“チャレンジしない”“覇気(はき)がない”と評されているようです。
 しかし、脳科学者にいわせると、脳はもともと挑戦するように出来ているのだといいます。
 では、どのようにしたら若者が挑戦に駆(か)りたてられるようになるのか?
 じつは、この問(とい)に答えるのにふさわしい女性がいるんです。それが座談会の中でも紹介された、超ミーハーと自称するコミックアーティストのミサコ・ロックスなんですね。
 以下に、彼女の体験をまじえた実話をご紹介しましょう。
 ミサコ(ここでも敬称は略します)は、埼玉県の奥地に住むふつうの女の子でした。子供のころ、アメリカ映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で見たマイケルに一目ボレした。キュートでかっこよかったから。で、彼に英語でのラブレターを何通も送ったといいます。
 そして、マイケル好きが高(こう)じて、次第に英語やアメリカそのものに魅了されていく。
 やがてミサコは、アメリカの暮らしや学校生活に憧(あこが)れるようになり、なにがなんでも“アメリカに留学してやる”と決意します。
 そして、ほんとうにミズーリのトルーマン州立大学に留学した。
 はじめの頃は、学校でもアメリカ人に声をかけずらかったといいます。で、ミサコは作戦をたてた。一つは、わざと目立つように、ヘアカラーをピンクやレインボー色にした。二つ目に、日本人とつるむのをやめた。そうしたら、新しい出会いができるようになったといいます。というわけで、アメリカに留学したいという、はじめの頃の夢はかなったわけです。
 ところが、そのあと迷走をはじめてしまう。日本のH大学に戻り、だれかのすすめでもあったのか、日本での就職活動を始めます。しかし、ミサコは、アメリカの学生のように『自分の力で人生を切りひらいていきたい』。その夢がすてきれなかった。日本での就職か、それとも夢を追うか。そのことで頭の中はパニック状態になった。で、結局のところ、日本での就職活動のほうを断念します。
 そして、4.5年先までの目標をたてて、『予定表』にまとめあげます。
 それは、
 (1)人形師になる
 (2)ブロードウェイの美術スタッフになる
 (3)4年後に、アメリカ人の彼と結婚する
 (4)5年後には、アメリカに永住できる仕事について、夫婦でニューヨークのセントラル・パークの近くに住む。
というものでした。
 「なんて、無謀な!」 ミサコは自分でもそう思った、といいます。
 だって、彼女は美大出身でもない。それに美術などのスキルなんて、もともと何もないのですから。
 案の定(じょう)ミサコは、はじめに目標とした『人形師』では挫折します。
 しかし、えらいのは、それにめげずに次の道を模索しはじめたことでしょう。『自分の才能のリミットを認めてはいけない』と考えて。
 彼女はリサーチを開始します。図書館に行き、日本のマンガからグラフィックノベルというジャンルのコミックまで、広く読みあさって人気の動向を調べた。
 すると、アメリカでは、日本のマンガやアニメの人気がとても高いことがわかった。そこで、そのジャンルで自分がオンリーワンになれるものを見つけだそう。そう考えた彼女は、必死になった。その結果、彼女は見栄も外聞もなく、自分をさらけだしてネタにすることを思いつく。ちょうどその頃、アメリカ人のダンナと離婚の協議中だった。で、それを少女漫画にしたら売れると思ったというわけです。
 そしてミサコは、実際に10代の読者向けのストーリーを作りあげたんですね。なんとしたたかな!(ほめているんですよ(笑))。そうしたら、それがうまく当たった。一時はホームレスにまで身をおとし、人の食べ残しをあさって食べていた彼女。それが、『自己流のマンガ』を描くという手段で、みごと底辺からの脱出をはたしたというわけです。

 ミサコは、ニューヨークに来てから、精神力や競争心がすごく伸びた-そう感じた-といいます。やはり、あふれるほどのエネルギーをもった人びとの中に身をおくのがいいのかもしれません。それに青春は、『自分の努力でいくらでも長くなる』とも。あの『青春』という詩の作者であるサミュエル・ウルマンが聞いたら、大喜びしそうな言葉ですね。
 ということで、胸のあつくなるようなミサコのお話をご紹介して、今回の“挑戦”をしめくくることにします。

掲載日:平成31年1月31日






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